インタビュー

北海道大学が目指すリカレント教育
~担当責任者に聞く(2)~

北海道大学の目指すべきリカレント教育の理念を定めるためには、より俯瞰した視点から高等教育機関がリカレント教育を担う意義について考える必要があります。そこで、北海道大学のリカレント教育の担当責任者である、山本文彦 大学院教育推進機構機構長/北海道大学 理事・副学長と、寳金清博総長にお話をうかがいました。インタビューの内容は北海道大学のホームページにも掲載しています。

2022年4月、北海道大学大学院教育推進機構に設立されたリカレント教育推進部は、大学の知と産業界や自治体のニーズをマッチさせた多様な学習プログラムの企画・運営を行います。
 2023年3月14日にキックオフシンポジウム「学びの道は北へ、大海へ~北大が目指すべきリカレント教育とは~」を開催します。シンポジウムに先立ち、本学が向かうべきリカレント教育のあるべき方向について、担当責任者の声を2回にわたってお届けします。大学院教育推進機構の機構長である山本文彦 理事・副学長のインタビューに続く第2回は、寳金清博 北海道大学総長です。

(寳金清博 北海道大学総長)

三方よしを目指す

高等教育機関がリカレント教育を始める場合、まず社会人の方が学んでよかったと思えるか、そして、企業や自治体に意義があるか、最後に大学にメリットがあるか、この3点が満たされていないとうまくいかないと思います。
 第1に、社会人の方について考えるなら、今後リカレント教育はキャリアアップのための手段になっていくと考えています。大学で新たに知識やスキルを学ぶことは、新しい仕事に取り組もうとする際のキャリアパスになっていくのではないでしょうか。やる気のある人にとって、大学でリカレント教育を受ける機会が増えることは望ましいことだと思います。
 第2に、企業や自治体にとって、リカレント教育は生産性の向上や意思決定の効率化につながると考えてます。今、日本の企業や行政の効率化の手段としてDX(Digital Transformation:デジタルトランスフォーメーション)の推進や、DXを推進するためのスキルやマインドを持った人材の育成が求められるようになってきました。しかし、DX人材を組織の内部で育成することは難しい。一方で、大学はDXの知識やスキルを学問的に教えることができます。大学で、職員にDXについて勉強してもらうことは、企業や自治体にとっては大きなメリットです。
 第3に、大学にとってリカレント教育は産学連携の1つの新しい形態として位置づけられるのではないでしょうか。従来、産学連携は企業と大学がプロダクトを作り出すための協働作業と考えられてきました。一方、企業の方が大学で学び直すこともまた、新しいナレッジの共創、コラボレーションという意味で、産学連携の新しい形だと思います。北海道大学は「社会との連携」「自治体との連携」を掲げ、これらを推進しています。企業や自治体に所属する社会人が学び直しのために本学の門をたたくことは、本学の目指す企業や自治体と共に社会を作っていく「社会共創」の理念とも合致しています。
 自治体との連携でいえば、URA(University Research Administrator:大学等における研究マネジメント人材)に対して、僕の造語ですけどローカル・リサーチ・アドミニストレーター、LRAという言葉を最近使い始めました。それは自治体の職員が大学にきて、クロスアポイントメントのような形で、大学内で働いてもらうことです。今は北海道庁と札幌市からそれぞれ数名ずつ来てもらっています。それをもっと広げたいとも思っています。大学から自治体に行って地域の課題解決に貢献するという、逆のルートも考えられると思います。このLRAのような試みも、リカレント教育の中の一つの形態に含まれると考えています。

(北大は大学院レベルの質が保証されたリカレント教育を目指すべき)

リカレント教育のための制度設計

一方、リカレント教育にメリットばかりみることは現実的ではありません。リカレント教育のデメリットを見据え、改善のための制度設計も考えていかなければなりません。大学についていうならば、リカレント教育は、これまで大学が従来行なってきた教育研究にさらに付け加わる業務になります。それは、教員や事務に新たな負荷を発生させることにつながるかもしれない。だから、本学で今後リカレント教育を進めるのなら、それに対応するための制度設計を行わなくてはならない。
例えば、教員の負担に対するペイバックの仕組みを財務的に整えること、教員がリカレント教育に当てるための時間を確保できるようにすること、制度設計を進めるための人材の充足などは、リカレント教育をサステナブルに推進するために必要になるでしょう。
 そして、リカレント教育がこれから先、社会に本格的に根付くためには、学び直しのための休職制度が企業や自治体に求められるのではないでしょうか。日本もようやく「育児休業」や「産前産後休業」の制度が根づいてきました。それと同じように、自分を磨く、いわゆる「育自」のための休暇が今後必要になると思います。一方で、企業や自治体にとっては、このような休職制度は負担になるかもしれません。また、これは私の推測ですが、企業や自治体は、チャレンジングで学びへのモチベーションを持った優秀な人材が、リカレント教育を受けることで独立してしまうことをリスクと捉えているのではないか。
 しかし、この点については企業や自治体も変わっていかなければならないと思います。リカレント教育を受けた人材が独立してしまうリスクがあったとしても、人を育てることに前向きである組織は必ず次の人を呼び込める。特に若い人たちは組織の姿をしっかりと見ているので「あの会社は教育に力を入れてくれるんだ、1年ぐらい勉強するための時間を与えてくれるんだ」と知ったら、やる気のある人が集まってくるし、そのような組織に貢献したいと考えることもあるのではないでしょうか。
 人も組織も学びを通じてスキルアップすることに前向きな社会に変わっていくことが大事です。

(もし自身がリカレント教育を受けるとしたら、コンテンポラリーな英語を学びたいと語る寳金総長)

北海道大学が目指すリカレント教育

現在、日本中でリカレント教育が普及してきつつある中、北海道大学ならではの特色を出す必要があります。本学は、基幹総合大学なので、提供するリカレント教育の内容は大学院相当、学位授与レベルを目指すべきと考えています。
 学生時代、大学院に進学する機会が持てなかった、あるいは、もう1回新しい内容を大学院で学びたいと考えている人に対応できるような、リカレント教育を提供していく。そのためには、教育プログラムの質の保証が重要です。やる気のある受講生が本学で学んでよかったと思える、そして、教える教員の側も教えた甲斐があったと感じられるようなプログラムを提供していかなければなりません。
 そのためには、学び直しをしたいと考えている社会人のニーズと、大学の持っているシーズがフィットしていることが大事になってきます。学びたい側が、学びたいことと違うことを教えられても困ってしまう。逆に、学びたい側から教えられないことを要求されても、教える側は対応できません。
 そこで重要になるのは「エクステンション」の考え方です。欧米では社会拡張の意味で使われています。本学がリカレント教育を行えば、レベルの高い社会人の学生が参加してくるでしょう。そのような社会人の学生から教員の側も相当刺激を受けると思うんです。それをきっかけにして、大学の側も社会のニーズを捉えて、そこに研究の領域を拡張していけるようになるのではないか。本学の科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP, コーステップ)の取り組みはエクステンションの実践だと考えています。
 リカレント教育は教員の側にとっても、学び直しの機会にもなると思います。社会と大学の共創による健全な形での「新しい産学連携のエクステンション」を目指していきたいです。それは本学にとっても非常に大きなチャレンジだと思います。

(寳金総長とリカレント教育推進部のスタッフとの記念撮影)

北海道大学大学院教育推進機構リカレント教育推進部はキックオフシンポジウム「学びの道は北へ、大海へ~北大が目指すべきリカレント教育とは~」を開催します。
詳細はこちらからご確認ください

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