活動報告

実施報告:北大道新アカデミー2026前期理系コース(工学研究院)

フロンティアエンジニアリング - 未踏の領域を切りひらく技術

技術のフロンティアは、いつの時代も過酷な環境と向き合う場所にあります。風や波、雪や自然災害、そして地政学リスクや人口減少社会への対応——これらを可能にするためには、基礎科学に基づき、環境と社会を実際に制御するという工学的アプローチが必要です。工学研究院の6人の研究者が多様な視点から先端事例を紹介します。 


第3回「泡による船舶の抵抗低減 海から取り組むクリーン技術」2026.4.25(土)
朴炫珍助教(工学研究院 機械・宇宙航空工学部門)

海運を支える大型船舶は現代社会の不可欠なインフラですが、国際海事機関は、2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにする戦略を掲げています。これに対して新燃料への転換や、硬翼式帆船の開発が進められていますが、それだけでは十分ではありません。大型船舶が航行する際、全エネルギーの約70%は海水との摩擦抵抗によって消費されてしまいます。朴助教はこの問題を解決するために、気泡で船体を包むことで摩擦を減らす空気潤滑法の研究に取り組んでいます。

左)講義をする朴助教。右)船体喫水下に複数設置された小翼(赤い部分にある長方形の部分)。この小翼によって水面から空気が引き込まれて泡が発生し、船体を包むことで摩擦抵抗を低減する。〈写真提供:朴炫珍助教〉

空気潤滑法を採用した船舶は2023年時点において世界中で350隻を超え、普及が進んでいます。しかし依然として、気泡の挙動制御には難しさがあります。朴助教は水中翼による気泡導入(WBI)法を用いて研究を進めており、送風機による空気の補助的導入、喫水の深さ、船速によって変化する気泡の状態をいかに適切に保つかについて研究しています。

模型船を使った実験は北海道大学の施設だけではなく、東京にある海上技術安全研究所の400m水槽でも行っています。朴助教は、気泡の疎と密な領域が周期的に変化するボイド波を人工的に生成する反復注入(RBI)法により、従来の連続注入法よりも高い抵抗低減効果が得られることを明らかにしました。

今後の展望として、超音波センサーで船底の気泡流をリアルタイムに計測し、海況に合わせて最適なボイド波を生成するフィードバック制御の実装が示されました。船舶の省エネ化を通じて、地球環境の保護と国際物流の維持を両立させる研究に対して、受講者とも活発な質疑がなされました。


第2回「積雪寒冷地における住生活の未来」2026.4.18(土)
野村理恵准教授(工学研究院 都市計画学部門)

野村准教授の研究は、「住む」という営みをフィールドワークを通して俯瞰的に理解する点に特色があります。講義では、モンゴルをはじめとした様々な地域の事例をあげながら、最適な生活が「定住のみ」であるという思い込みを捉え直す、住生活の未来像が提示されました。

左)中国・内モンゴル自治区の牧畜風景。奥の建物で定住しながら、手前のゲルでも暮らすという、かつての遊牧生活とは異なりつつも住まいを変えるくらしが息づいている〈写真提供:野村理恵准教授〉。右)講義をする野村准教授

モンゴルの移動式住居ゲルは、自然環境に応じて柔軟に場所を変えられるシステムです。近代化によって完全な遊牧生活はほぼなくなりましたが、季節に応じて都市とゲルや別荘で暮らす二拠点生活が現地では根強く求められています。日本でも気候や生業に合わせた季節移動が存在していました。古くは山での生業のために移動する「出作り(でづくり)」、冬の間だけ除雪の行き届く里に集まる1970年代の施策「夏山冬里」などがその例です。北海道でもアイヌの家「チセ」は、夏と冬で作り分けられていました。これらは過酷な冬を避け、生活を維持するための合理的な仕組みでした。

現代の人口減少への対応として、都市を集約化する「コンパクトシティ」が推進されてきました。また、地方への移住政策も進められていますが、多くの課題が浮き彫りになっています。野村准教授は「二拠点生活」の可能性を検証し、北海道は大きなポテンシャルを持っていると指摘します。空き家を避暑や移住体験の拠点として利活用する提案です。通年居住には多額の断熱改修費が必要ですが、夏限定の利用であれば簡易な改修で済み、低コストで豊かなライフスタイルを実現できます。

最後に、野村准教授は「フロンティアエンジニアリング」を、「なぜ」を「どのように」へと繋ぐものであり、地球規模の視野を持ちながら、生活者の身近な課題を解決するものである、と語られました。受講者にとっても今後の生活の大きなヒントになったようです。


第1回「3次元地図とロボットで支える未来社会」2026.4.11(土)
江丸貴紀准教授(工学研究院 機械・宇宙航空工学部門)

日本は現在、深刻な人手不足に直面し、多方面で社会維持が困難になりつつあります。例えば、大根の選果場での外国人労働者への依存や、老朽化する社会インフラの維持管理、さらに札幌市では年間300億円に達する除雪費用の増大などの課題があります。これらの事例をあげた江丸准教授は、課題解決のために多種のセンサーで3次元の地図を作る仕組みと、それによって的確に動くロボット技術の研究開発や実証実験に取り組んでいます。

左)講義する江丸准教授。右)北大札幌キャンパス内における自動運転の実験(2022年12月)〈写真提供:江丸貴紀准教授〉

第一はドローンの活用です。レーザーで距離を測るライダー(LiDAR)や、詳細な色の違いがわかるスペクトルカメラといったセンサー技術を組み合わせて、危険な防波堤の点検や、農作物の収量予測、広大なバナナ園での病害虫検知などを研究しています。第二は積雪環境下の自動運転です。AIを用いて吹雪による雪雑音を除去し、視界不良でも安全に走行する技術や、夜間の過酷な歩道除雪作業における人検知システムの開発を進めています。第三は、除草剤が使えない薬草栽培のための除草ロボットで、AIが作物と雑草をリアルタイムで識別し、自動で引き抜くシステムを構築しています。

江丸准教授は、講義の最後に本コースのキーワードである「フロンティアエンジニアリング」とは何かを示しました。それは、単に技術的に「できること」を追うのではなく、社会の困り事に対して「必要なこと」を現場に合わせて研究し、現場・社会を止めずに続けられるようにするための工学である、とお話されました。工学の力で社会インフラを支え続けるビジョンが示された講義でした。

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