活動報告

実施報告:北大道新アカデミー2026前期文系コース(メディア・コミュニケーション研究院)

観光・メディア・ことばで編む地域の物語

北大道新アカデミーは、地域の「知」のために、北海道大学と道新グループが協力して2018年4月に開講した新しい学びの場です。2026年度前期文系コースは、北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院の研究者が「観光・メディア・ことばで編む地域の物語」と題して6回の講義を行います。

【講義概要】日常を離れ、いつもと異なる場所に出向き、知らない言葉や文化にふれることは、新たな発見をもたらします。その経験は、私たちの暮らしを見直すことにもつながります。今回の文系コースでは、観光学や言語学を専門とする研究者が、ユニークな事例の紹介や分析を通じ、地域の価値や文化を発見・表現・伝達することについて、わかりやすく紹介します。


第6回「ヘリテージ・スタディーズと観光:東南アジアと日本の持続可能な連携」 2026.5.30(土)
田代亜紀子准教授(メディア・コミュニケーション研究院)

最終回となる第6回講義は、文化遺産研究を専門とする田代亜紀子准教授が講師を務めました。講義では、東南アジアと日本の多数の事例をもとに、文化遺産(ヘリテージ)とは何か、そして観光とヘリテージの持続可能な関係についてお話をされました。

田代准教授はまず、ヘリテージを固定されたものではなく、現代社会との相互関係によって認定されていくプロセスである「遺産化」の視点から捉える重要性を指摘しました。モノの価値は、それが流通する社会的・文化的文脈や権威・権力によって変化します。そして、私たちが「残したい」と価値を認識したときに、初めてモノがヘリテージになるのです。

ヘリテージの価値を考える上でのキーワードとして提示されたのが「オーセンティシティ(真正性・真実性)」です。例えば、カンボジアのアンコール遺跡群のイメージは、かつての宗主国フランスによる万博展示などを通じて「密林の遺跡」として構築された側面があります。また、伊勢神宮のように20年ごとに建て替えを行う式年遷宮は、有形物としては新しくとも、1300年続く技術と儀礼の伝承という無形の価値においてオーセンティシティが保たれています。観光研究においては、「本物」を求める観光客に対し、あえて演出された姿を見せる「ステージド・オーセンティシティ」という概念が掲示されて以降、オーセンティシティとは何かという議論が続いており、その変遷についても紹介されました。

日本国内に目を向けると、文化財保護制度は2010年頃から従来の「保存」中心から経済効果を伴う「活用」へと大きく舵を切っています。その中で田代准教授は、道民参加によって地域の宝物を選定する「北海道遺産」の取り組みを取り上げました。現在74件に及ぶ北海道遺産は、有形・無形、産業や生活文化が混在した多様性を持っており、市民運動として次世代へ引き継がれています。

講義の最後は、これまでの全6回を振り返りつつ、受講者が自ら「ヘリテージとは何か」を考え続けてほしい、という言葉で締めくくられました。

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第5回「聴く観光メディア論:音が紡ぐ地域の語り」
2026.5.23(土)葛西周准教授(メディア・コミュニケーション研究院)

今回の講義は音や音楽と「地域らしさ」の関係をテーマに、音楽学を専門にする葛西周准教授が講師を務めました。

観光は景色や史跡などを「見る」ことだけでなく、音を「聴く」ことによっても経験されます。講義では「札幌の音とは何か」という問いを切り口に、音と地域の関係を取り上げました。時計台の鐘の音や、学校のチャイムなど、日常生活のなかで繰り返し耳にする音を、私たちは地域の記憶やイメージに自ずと紐づけています。講義では、こうした人々の「聞こえ」に意識を向けるサウンドスケープの考え方を紹介しつつ、私たちが音を介してどのように「地域らしさ」を経験しているのかを検討しました。

音や音楽が旅先や故郷を想起させることがあります。昭和初期になると、歌の上手な芸妓がレコード用にアレンジした民謡風のご当地ソングを売り出し、流行します。戦後になると旅館やバス会社が、地域の歌謡を土産用のソノシートとして頒布することもありました。戦後の都市部では「民謡温泉」が広がりました。日本の温泉では、湯上がりにくつろぐ場所に舞台が設けられていることも少なくありません。その舞台はアマチュアの練習と腕試しの場としても機能しました。そこは故郷の民謡が歌われ/聴かれる場にもなりました。音楽は、離れた場所から旅先や故郷を私たちに思い起こさせるメディアとしても機能していたのです。

観光が「地域らしさ」を新たに創出することもあります。戦後の日本ではハワイブームや海外渡航自由化によるハワイ旅行への憧れを背景として、ハワイをテーマとする温泉地が数多く生まれました。常磐ハワイアンセンターの開設(1966年)はその一例です。観光業と結びついたハワイアンショーは、地域を「日本のハワイ」として特色づける役割を担いました。「地域の物語」は言葉だけではなく、音や音楽からも紡がれるのです。


第4回「言語観がつくる社会:組織・地域の言語政策」
2026.5.16(土)大友瑠璃子准教授(メディア・コミュニケーション研究院)

今回の講義は、社会言語学・言語政策を専門にする大友瑠璃子准教授が務めました。社会言語学は、言葉を研究対象とした学問、言語学の一分野です。社会言語学は体系化された文法知識よりも、言葉が実際にコミュニケーションで使われる現場に着眼します。人間関係や状況、文化や社会規範に応じて「言葉が変化する」ことが言語の本質であるとするのが社会言語学の特徴です。言語計画とは、言語それ自体、あるいは言語の社会的機能を改革する過程を指します。

その中で、社会・政治的・言語的な「言語のあるべき姿」を提示するのが言語政策です。代表的なものに、国家の象徴的な言語を定める、国家語・公用語政策があります。しかし、言語政策の主体は国だけではありません。会社や学校もその組織の中で使用されるべき言葉を定める場合があります。これらも一種の言語政策といえると、大友准教授は指摘しました。言語政策や言語計画が社会の中で受け入れられるためには、言葉の社会的・象徴的な側面――私たちの持つ言語についてのイメージや考え方としての「言語観」――の持つ力を省みる必要があります。例えば、日本に住む人が学ぶべき言語は日本語、とりわけ学校で学ぶ「国語」だけで十分だとする考え方も、私たちが知らず知らずのうちに当たり前に思い込んでいる言語観といえます。

このような「単一言語主義」といわれる言語観は、日本語を話せない人を、そのことを理由としてコミュニティや組織から疎外したり、複数の言語を用いることを問題視し、その豊かさを否定したりすることにもつながります。私たちが自明視している言語観を今一度見直すこと、言葉と社会の関連性の深さについて、改めて考える機会となる講義でした。


第3回「我が国と北海道における観光の在り方」
2026.4.25(土)
神山裕之教授(メディア・コミュニケーション研究院)

今回の講義は、観光政策・観光経済が専門の神山裕之教授が務めました。日本と北海道の観光産業がテーマです。2023年、日本の名目GDPはドル換算で約4兆2000億ドルとなり、ドイツに抜かれ世界第4位となりました。2024年の国民1人あたりの名目GDPもOECD加盟38カ国中24位の状況です。また世界全体で人口は増加傾向にある中で、日本は人口減少局面に入っています。生産年齢人口の減少は、労働力、消費額、納税額の低下をもたらします。とりわけ北海道は全国と比較して速いペースで人口減少が進んでいます。

神山教授は、観光が北海道の持続可能な地方創生の有力な手段になると指摘します。2025年の国内観光消費額は約26.8兆円、前年比6.4%となりました。2025年のインバウンド(訪日外国人)の旅行消費額は約9.5兆円と過去最高を記録しています。北海道に目を向けると2024年に北海道を訪れた観光客数は4,154万人、前年比4%増となりました、そのうちインバウンドは約280万人で前年に比べて21%の増加です(日本経済新聞2025年9月3日)。以上のデータから、観光産業が成長産業であること、そして、今後の観光振興の鍵はインバウンドが握っていることがうかがえます。

神山教授は、地域で観光振興を進めていくための要諦として、1)DXやシェアード・サービスを利用し生産性を高めること、2)旅行客の1回あたりの滞在時間を長くし、サービスの高付加価値化を進め消費単価の向上を図ること、3)季節・地域・時間に起因する観光客のピークを平準化することで地域の観光資源を最大限活用しつつオーバーツーリズムを防ぐこと、4)地産地消の促進など地元に利益を還元する収益の内部化を進め「観光振興のエコシステム」を構築することの4点を指摘しました。

このような取り組みを進めていくためには、地域のステークホルダーや行政の協力が不可欠です。北海道の観光産業の今後の方針を知ることのできる講義でした。


第2回「樹木葬が映す現代社会」
2026.4.18(土)
上田裕文教授(メディア・コミュニケーション研究院)

今回の講義は上田裕文教授を講師に迎え、樹木葬をテーマに開講しました。樹木葬とは墓石の代わりに、樹木を用いる埋葬方法です。少子高齢化、家族構成の多様が進む中、人びとの墓地や葬儀についての考え方に変化が生じ、樹木葬への関心も高まりました。

1999年に岩手県の知勝院で始まった日本の樹木葬は、2021年時点において、日本全国で約900箇所の実施を数えています。樹木葬が普及する過程で、その形態も多様化してきました。遺骨を土に還すという意味での「自然葬としての樹木葬」は半数以下です。樹木葬がエコロジカルな埋葬方法であるとはいいきれないと、上田教授は指摘しました。

日本とドイツの樹木葬を比較すると、両国の樹木葬や遺骨についての考え方の違いが浮き彫りになります。ドイツ初の樹木葬は2001年、国有林のラインハルトの森に誕生しました。遺骨を土中に埋葬することが義務化されているドイツの樹木葬は、森の中の木を墓標とし、その根元に遺骨を埋葬し土に還します。一方、日本の場合、火葬後の遺骨は遺族の所有物となり、死者はモノとなって残り続けます。その場合、お墓は遺骨の保管場所としての意味合いを強めます。遺骨を所有物と考える日本の樹木葬では「遺骨の管理」が焦点化します。遺族は遺骨管理の負担を減らしたい一方で、死者の供養をきちんとしたいとも考えています。現代の家族形態を反映し、今の家族と一緒に入りつつ、残された家族の遺骨管理の負担を減らす、ミニマムな家族葬の1つとして都市型樹木葬が定着しつつあるのもその流れだといえるでしょう。

近年は、樹木葬を行う墓地をオープンスペースとすることで、その場を訪れる人が死者に祈りを行う空間としてデザインする試みも行われています。人は必ず死に、そのときには何も持って行けません。だからこそ、残った人の記憶に残りたいと思う。その思いが樹木葬のあり方にも表れているように感じました。


第1回「聖地を創る観光メディア:サンティアゴ大聖堂から石の教会まで」
2026.4.11(土)
岡本亮輔教授(メディア・コミュニケーション研究院)

文系コースの初回の講義は、宗教学・観光学を専門にする岡本亮輔教授が務めました。現代社会における聖地の変容と生成を、体験・物語・不在の3点から考察します。

最初に岡本教授は、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂の徒歩巡礼を取り上げました。主な巡礼ルートには、フランスとスペインの国教にあたるピレネー山脈の麓から目的地の大聖堂まで約950キロの道のりを、約40日ほどかけて歩くコースがあります。2000年以降、徒歩巡礼に参加する人数が増えています。なぜ人は、お金も時間もかかる徒歩巡礼に惹かれるのでしょうか。岡本教授によれば、信仰を目的とした巡礼者が増えているわけではありません。むしろ、歩く速度でしか出会えない景色や、歩く体験そのものが、巡礼者の増加に寄与しています。体験が聖地を創るのです。

次の話題は、青森県三戸郡新郷村のキリストの墓です。武内巨麿が発見した古文書の伝承に基づいて、新郷村では1964年からキリスト祭が行われています。伝統的な信仰や史実よりもむしろ、物語に基づいて聖地が創られ地域の観光資源となっていることがうかがえます。

最後に取り上げられたのは、内村鑑三です。新渡戸稲造、宮部金吾と共に、札幌農学校2期生だった内村は、1891年の「不敬事件」をきっかけに第一高等学校の教壇を追われ、1990年に信仰を制度・組織・建物に閉じ込めない、無教会主義を提唱しました。内村の開いた私塾は、南原繁や矢内原忠雄ら、戦後日本に大きな影響を与える人びとを輩出します。しかし、現在、ここが内村の聖地と呼ばれる場所はありません。それは、内村の無教会主義が聖地を否定する思想であることも関係しています。内村の聖地が「ない」ということが、逆に彼の業績の語り直しにつながるのではないかと、岡本教授はまとめました。

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