文学研究院 水溜真由美先生
北大道新アカデミー2024前期文系 第3回
2024年度前期の道新アカデミー文系コースの3回目は文学研究院の水溜真由美先生です。水溜先生はコースの共通テーマである「戦争と平和 人文社会科学の視点から考える」に関して、自身の研究テーマである堀田善衞を題材にし、「堀田善衞と戦争−『方丈記私記』と『ゴヤ』を中心に−」と題して90分間の講義を行いました。
テーマとなった堀田善衞は、日本の近現代文学において重要な位置を占める作家です。堀田の作品は、戦時下の知識人や文化人の態度に焦点を当て、社会的制約の中での表現活動を通じて戦争の意味やその社会的影響について問いかけます。彼の作品は、批評的な視点から戦争と社会を描き出し、その洞察力や文学的価値から多くの読者に影響を与えています。
堀田の作品は小説、エッセイ、評論などの形式で様々な戦争を取り上げ、その中には上海や占領下の日本を舞台にしたものや、歴史上の戦争が含まれています。特に、彼の作品は教科書にも出てくるような、よく知られた歴史上の戦争を幅広く描いており、その豊かな教養が反映されています。
講義の中で水溜先生は、堀田善衞の作品について「戦後の日本において戦争体験を作品化した作家はたくさんいます。けれども堀田善衞は、戦争体験を基にした私小説的な作品のみでなく、世界史や日本史の教科書に出てくるような、歴史上の戦争を素材にした作品も沢山書きました。とはいえ、歴史上の戦争を描く場合にも、自身の戦争体験を背景とする独自の関心が見られます。それは、言論の自由のない戦時下における作家や芸術家の身の処し方にあると言えるでしょう。」と語りました。
『ゴヤ』について、水溜先生は「堀田は評伝のスタイルでスペインの画家であるゴヤの歩みを時系列的にたどっています。ゴヤが経験した戦争は、スペイン独立戦争です。ゴヤがスペイン独立戦争を描いた有名な作品として、ナポレオン軍がマドリードを占領し、それに対する抵抗運動に加担した愛国者をフランス軍が銃殺する場面を描いた『マドリード、1808年5月3日』などがあります。また、生前には発表することはできませんでしたが、『戦争の惨禍』という版画集の中で、敵味方を問わず人々が残虐行為に駆り立てられる場面を描いています。堀田はこれらの作品を、古典的な絵画が志向してきた美ではなく、むしろ醜であり、絵画でありながらも、生視するに堪えない真実を書いたものとして評価しています」と話しました。
最後に水溜先生は、堀田善衞の戦争についての考察は現代にも通じると指摘しました。現在、ロシアやイスラエルで自国の戦争に批判的な立場を取る知識人や市民は、堀田が描く作家や芸術家と似た立場にあると言え、堀田の作品に共感することができるに違いないと述べました。また、たとえ戦争の当事国の国民でないとしても、我々全てが戦争に巻き込まれているとも言えること、戦争をめぐる現実をリアルに見ることは困難であることを強調し、情報過多やフェイクニュースの中で真実を見極める努力が重要であると述べました。堀田のアクチャリティー(現実性)から学ぶべき点が多いと結論づけられ、講義は終了しました。
Facebook記事はこちらからご覧ください