先端生命科学研究院 李响先生
北大道新アカデミー2024前期理系 第5回
北大道新アカデミー理系コースは「生物と物質の間 改めて「生命とは何か」というテーマで開講しています。第5回(6月29日)の講師、李响先生(先端生命科学研究院 准教授)は「生命の基本構造は紐である」とまずお話をしました。
生物の遺伝情報を担うDNAも、体をつくり、機能を担うアミノ酸も紐状の物質です。これらの紐状物質は、同じ構造を繰り返し持っており、ポリマーと呼ばれています。李先生は、「なぜ生命は紐、つまりポリマーでできているのかを明らかにしていきたい」と究極的な目標を語りました。
その李先生が研究している紐は「ゲル」です。ゲルとは、紐と紐を架橋するとできる網目状の物質で、網目の間に液体を保持することができるやわらかい物質です。ソフトマターとも呼ばれ、その研究分野の歴史はまだ40年ほどしかありません。一方で李先生は、「実は半熟卵もゲルです。人類が火をつかい始めた頃から煮卵はあると信じてるので、ゲルは鉄より古い歴史があるといえるかもしれない(笑」とユーモアを交えながら、ゲルと人間との関わりを説明しました。
ゲルの機能はその構造の特徴から理解することができます。しかし、極めて小さいポリマーは光学顕微鏡では見ることはできません。電子顕微鏡を使っても、サンプルにするときに網目構造が壊れてしまうため、正確な構造を見る事はできませんでした。李先生はこのような問題を解決しようとしています。つまり、「ゲルを作る」専門家ではなく「ゲルを見る」専門家なのです。
李先生はゲルの微小な構造を可視化するために、散乱という現象を用いています。これは対象物質に当たって、散らばった光・中性子・X線のパターンから対象物質の構造を知る方法で、0.1ナノメートル程度、つまり原子レベルの分解能を持っています。そしてさらに、熱運動で常に振動しているため、実際に観察することは不可能だった網目構造を、構成元素の一部を重水素に置き換え、そして散乱をもちいることで可視化することに成功しました。
これらの方法で、合成したポリマーだけではなく、脳といった生体組織などの構造と性質を明らかにしてきました。さらにその知見をいかして、完全に透明なゲルやDNAの化学的性質を利用したゲル、人間の硝子体に応用可能なゲルなども開発しています。
科学において「見る」ということが、正確な理解と開発といった次のステップにおいて極めて重要な役割を持つ事が理解できるお話でした。受講者からも「目に見えないものを可視化することを考えていくプロセスがすごいと思いました。硝子体に人工ゲルを使えるようになるとよいと思いました」といった感想がありました。
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