活動報告

文学研究院 佐野勝彦先生
北大道新アカデミー2024前期文系 第8回

2024年度前期に開催された、北大道新アカデミー文系コースも7月27日で最終日を迎えます。本日の講義は論理学者の佐野勝彦教授(北海道大学文学研究院哲学倫理研究室)による「計算機械と知能:戦時と平和時の知的探求」。イギリスの論理学者・数学者のアラン・チューリング(1912~1954年)の戦前、戦中、戦後の活動を取り上げます。
チューリングは1912年にイギリスのロンドンに生まれました。1936年に24歳の若さで「計算可能な数について」を発表しました。チューリングはこの論文で、機械的な計算手続き(アルゴリズム)では解けない問題があることを数学的に証明しました。この論文で展開された、計算手続きを単純化・抽象化し、計算手続き自体を計算機に入力する発想は、あらゆる計算手続きを模倣できる万能チューリング機械のアイデアにつながります。万能チューリングマシンの発想は、現在のプログラム内蔵型コンピュータの原型になっています。
1939年9月1日、ヒトラーが率いるドイツ軍が隣国のポーランドに侵攻しました。これをうけ、イギリスとフランスは9月3日ドイツに対して宣戦布告を行います。第二次世界大戦の勃発です。イギリス軍の急務は、ドイツ軍が使っているエニグマ暗号を解読し、ドイツ海軍のUボートの位置を特定することで、イギリスの海上交易ルートの安全を確保することでした。27歳のチューリングは、宣戦布告の翌日9月4日、直ちに政府暗号学校に参加し、暗号解読に取り組みました。
エニグマ暗号の組み合わせは約1垓、10の20乗に相当します。しかも、この組み合わせは毎日変更されます。解読不可能に思われる強力な暗号です。佐野先生は、エニグマ暗号の仕組みを、インターネット上のエミュレーターを紹介しながら、詳しく解説しました。
チューリングは暗号解読のために、ポーランドの暗号学者が開発した暗号解読装置Bombaを改良した、チューリング・ボンベを開発しました。チューリング・ボンベによる解読アプローチは論理学の背理法に基づいています。仮定した暗号の組み合わせを、チューリング・ボンベを使って試行し、結果に矛盾が生じたら次の組み合わせを試していくという、しらみつぶしの方法です。チューリング・ボンベの強みは、フィードバックの回路をつくり、そこに電圧をかけることで、機械の力で、矛盾した組み合わせを一瞬で検知できるようにしている点です。チューリング・ボンベによるエニグマ暗号の典型的な解読時間は15分程度だったそうです。佐野先生は、エニグマ暗号を破ったことで、終戦が2年早まったとの見方を紹介しました。
戦後、1950年にチューリングは哲学雑誌『マインド』に論文「計算機械と知能」を掲載しました。この論文には「イミテーションゲーム」について言及があります。イミテーションゲームは、チューリングテストとも知られています。人間と機械が行っているやりとりを、機械ではなく人間と会話していると人間が判断したとき、機械は人間を模倣できたと考えます。このようなゲームで人間と区別できない機械が登場したならば「機械は人間のように考えることができる」といえるのではないか。このアイデアは現代のAIの進化と相まって、今でもなお意義があるように思われます。
チューリングは、複雑な現象を単純化・抽象化することで、物事の本質に迫る能力を発揮し、平和時にはチューリングマシンやイミテーションゲームを構想し、現在のコンピュータ科学の進捗に寄与しました。また、戦時にはその能力を使い、エニグマ暗号の解読に尽力しました。チューリングは現在、イギリスの50ポンド紙幣の肖像になっています。受講者には、チューリングに興味があり今回の講義を聴きたくて参加したという方や、今回の講義を受けて内容を勉強したいと思うと感想を述べた方がいらっしゃいました。

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